Monologue 2016


薔薇歳時


本年も大変お世話になりました
今年はついに一冊も出しませんでしたけど、
ツイッターとか、あちこちで
色々お世話になりました


イイネ付けてくれたりくれなかったり。
結構、いつもつけて下さる方々がいて、
この場で御礼と、謝罪を(笑)
大したことを呟けなくてあいすみませぬ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ああー。訳詩集は去年からずっと言ってるのにぃー。
全然進まないですね。。(苦笑)
いつになるか分からなくて恐縮ですけれど、
来年には……来年できるかしら。。はは
中身はものすごいボリュームで、
装幀にも凝る予定なので、
十年仕事と思って、見ていていただければ
いつかはお知らせいたしまする。(笑)

量と側を凝ったとて、
残るは質の問題。
気を抜かずに、やります。。



今年は、コンサアトを観に行ったくらいで
遊んだりサボったり大人しーくしていたので、
來年は、また、少し活発になろうかなと
想う所存

色々やりたいと想います。
一つ一つ意味を置きながら。



今年の抱負は何処かへ行ってしまったので(笑)
來年の抱負を言っておこう。


「薔薇イストたちの永遠」


……もはやなーんのことだか分らない?(笑)

確か抱負を決めだした四年くらい前が
「優雅に過ごす」とか
そんな感じだったのだが、

もー何かのタイトルになってるぅ。。



今久々に薔薇を机に飾って眺めているのですけど、
まあ、何が流行って何が廃れようと
すべては薔薇に帰結する
というか、

薔薇に始まり薔薇に終わる、
薔薇とは、永遠の帰結である


みたいな気分にさせられるのです。

あらゆる原因が薔薇で在り、
そしてすべては薔薇のなかに。



というわけで、
薔薇イスト」。

來年は、この抱負で一冊、
書けたら良いなあ。




メリークリスマス
なんて
口が裂けても言いません


もし口が裂けたなら
もっとおそろしいことを
叫び散らして差し上げたい……!





mayumi
24 decembre 2016






薔薇都

先日は某歌手のコンサートで帝都に。
久方ぶりの友人にも逢えて、
ダリ展とヴェネツィア・ルネサンス展とデトロイト展も観られたので、
私は大変満足でありました

フォアグラもお久ぶりだったわ。

帝都に行くと必ず行くビストロがあって、
そこは個人的には、割と秘伝なのです
とか言いつつ、数少ない友人の八割が
連行されているという秘密の場(笑)。



そんなこんなで遊んでいたので、
訳詩は超絶停滞中。。
やるとこはまだまだ降り積もる恐怖の如く……
なのでもしかしたら、
今年描き溜めている新しい詩集の方を
先に出すことになる、かも?
まったく先が見えません
C'est la vieということで。



これは六本木を散歩中に気に入った景色



mayumi
23 octobre dimanche

厳戒の薔薇

神経を欹てて 聴く
芸術家と眸の境界で
夜の切れ端に選ばれし
純然の薔薇

叫喚 よりも烈しく
昏倒 よりも熱く
輝かしき骨を震わせ
今 共に翼の咆哮を上げん

時満ちるほど厳かに
幾重も重ねた戒めのように
お前は絶頂にと縛り付ける
希望は訪うものではなく、

絶望ほどに雑じり無く 継がれし血から
至純と立ち上る悶え音ぞ
堂々たる 秘められし合図は
地中を交わる暗号指令

その命享けて 真求めん
涙が癒す傷などはなく
気付かぬ振りに枕に伏せた
愛撫を超えた悦楽に この眸を向けて



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T嬢のNewアルバムの寿ぎと捧ぐ。



mayumi
am 25. August



薔薇と天皇


昨日、今上陛下の御気持ちが発されました
雲上の皇の御姿が、御肉声が、こうして
画面を通してにでも拝見し、
傾聴することが出来る……
いつも私はその大変に尊く、在り難きことについて、
まず想いを致さずにはおれません


陛下のご心痛、ご焦燥、様々に複雑なお心について、
とても共感させられる心境を覚えております

自らの使命を全うしたい
役目を完璧に全うさせて頂きたい
しかしながらもし、
これ以上心身の不調が進み、或いは
誰か他の方に役目を任せることになるは、
己の中の意思がそれを許さない
その立場にある限り、
生きる限り一輪の花として在らねばならない


私にもそうした意識が在ります
陛下は国民統合の象徴としての、
大変大きな役割を任ぜられ、
私は私自身がそう任じているというだけの
ひとりの詩人に過ぎないものでありますが、
烏滸がましくも、そのお気持ちの一端は
察するに余りあるものがあります

もし、例えば私であれば、
詩人でありながら
詩を描くことが出来ない
常に詩の使命を、最高の美を求めるという使命を
全身全霊で全うすることが出来ない状況になる……

そのようなことになれば、
誰よりも私自身が、
「詩人」としての己の在り方を
許すことが出来ないのです

私のように、これといって読んで頂けているわけでもない
詩人など僭称に過ぎると思われる方もあると思いますが、
そんな私でさえ、そのようなことになれば
身を裂くような痛みを覚えることになる……

増して、ご自身の在り方について
誰一倍にお心を砕いておられた陛下に想いを寄せれば、
その痛みの程を誰に測り知ることが出来るでしょう……


とても尊き方、美しく気品に溢れ、
誰よりも真摯に、ご自分の使命や
国民と向き合われてこられた、
わが国の敬愛すべき皇統に
深い尊崇の真を捧げるとともに、
わが君が代の、悠久の繁栄を願うためにこそ、
今回の陛下の御気持ちについては
しっかりと重く、厳かに受け止めて征かねばならないと
心より強く想います




平成二十八年八月九日
秋山 繭美


薔薇雨

ああ。。暫く全く弄ってなかったですね。。
すみませぬ


近年は、北海道にもすこうし梅雨がある模様
ひんやりとした雨露が
屋根で跫音を立てて踊る
六月の雨はいつも
詩人の季節である五月を偲ぶ
甘やかな死の匂いを揺蕩わせて
葬られし春の緋と 晩春の薔薇の残り香を
静かに埋めてゆく……

雨の匂いは、青い果実の杞憂を纏い
暁の、あるいは月光の腕の代わりに
私たちを抱きあやしては
仄かな寂しさで乳房を叩くのだ




訳詩集はまだまだかかりまふ
来月でもう一年仕事なのだけれど、
この際そんなつまらないこだわりは忘れて
もう徹底的にやる。。

中身については、まだ言えないけれど
美しいと思う詩だけを、
様々な形のなかから選別して新訳しているので
きっと素敵な本になるでせう。

既存の詩集とは
全く違うイメージになる詩もあったりとか
まあ、気長に待って下しゃんせ


一段落したらまた自分の詩集もやりたいですし
(もうテエマは決まっているのです)
他にもいろいろ計画があるので、ひとつづつ
形にしていきたいところ


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帝都の知事については
Twitterでも何度か言ったけれど


ほんっとーに
あんなものがあの椅子に座っているということに
日本人としての
恥と恐怖しか感じなかった


もっとさっさと辞めれば良かったのに。


あの小男の著書を見れば一目瞭然なように
人の陰に隠れて物を言いながら
「私の責任」とだけは口が裂けても言わない

行政の長だけではなく
政治家としても人間としても
あれでは失格なんですよ


本当何処かの歌手も言ってたけれど
御切腹なされば宜しいのに。


そもそもあんな男には、
ハラキリなんて高尚な美しい行為は
天地がひっくり返っても
似合うわけないけれど



そんな下らないことよりも
今は木曜日の投票が
密かに気になっているワタクシであります




19 juin
mayumi


薔薇桜

三月ももう終わりますけれど
三月初めまでには、などと言っていた訳詩集は
遅々として進まず
もういつ脱稿するかも分からないので
いつまでとか言いませぬ、


でも始めたのが去年の七月なので
一年以上にはしたくないなと
他のこともあるしねん

帝都ではもう桜が開花宣言らしいけれど
私は昔から初夏の葉桜が一等好きなの
億萬の儚さが散り頻るその姿は圧巻で
近付くと可愛らしい小花も良いけれど

全て散って、誰も見向きもしなくなった青葉の方に
逆説的に瑞々しい生気の美しさを感じる
……と言えば少々マニアックなのだけれど

北海道ではいつも櫻の咲くのは憂いの五月で
六月はわたしの桜の季節

もっとマニアックなところで
八月の靖國の葉桜も悪くないでふね。。


薄紅よりも
緑、

みどり

嘗ての季節燦爛にと舞う
薔薇色の毒の血が
その葉脈を循環せし
蜜の宇宙となりぬ

静かなる狂乱の候


ああ。
こんな美しさは多分私だけが
想っているのに違いない。。



mayumi
24 mars





薔薇宇宙

皆さま御久しうございます
いつの間にやら早
年も明けひと月
如何お過ごしでしょう

私は例年通り年明けは
ニューイヤーオペラを観て過ごしましたけれど
やっぱり日本にはあまりお上手な人が
いえ、お上手な素人さんしかいないなあと
すこうしがっかりしながら

昨年ちらとここに記していた訳詩集を
思いの外時間を掛けてやっているので
まだまだまだまだ終わりが視えない。。
何とか三月初めまでにはモノに出来ないかと
思ってはいるのですけど
まだ一割も描けておらず。。

そうこうしていると
他の仕事をやりたくなってくる。。
ああ、不埒な脳味噌を
どうか罰されませぬよう


小説も書きたいですし
また十何篇かくらいの小詩集もやりたいし
色んなところで書いて散らばっている
金言(?)みたいなものも纏めたいなと思いつつ
(これは尊い言葉、ではなく、
「金言耳に憚る」の意味で(苦笑))

お部屋の書棚の整理もしたいし
此処の改造もしたいし
時と自分の身体が足りない
などと思う今日この頃



先日、わが刎頸の友たるL嬢に
訳詩集のタイトル決まった!と報せたら、

まさかのカブり

と言われ(笑)、話の流れで
素敵すぎる画家のことを教えてもらう



彼女の描く薔薇こそ
私たちの想う真の”薔薇”


そこには私が詩や文章の中で
「薔薇」という言葉を遣う時の
最も美しい意味での肉体の印象が
凛然と佇んでいた
今までたくさんの美術や小説を繙きながら
その陰翳に絶えず感じていたあの薔薇の姿態が
そのままそこに描き出されていて
現実に、この眼で視ている
という途轍もない法悦


ああ私は
ずっとあの薔薇のことが描きたかったのだ

今は未だ力が足りないけれど、いつか、と
密かに決意を新たにしたところであります





近頃あまり読書はしていないのですけれど
詩を訳す関係で詩集だけは随分
日々格闘しています

昔読んで好きになり
もう忘れているものもあるんですよ、
でも、今初めて開くような感覚になりつつ繙いて
同時に昔のメモを見てみると
昔と同じ詩を今初めて良いなと想っている
ということがたくさん分かったりして

人の感じ方は歳を経て変わるというけれど
感じる心は別に
そう変わってしまわないのだなあと
私は想います
少なくとも、その場の状況や気分ではなくて
本当の奥底で良いなと想ったものについては

そういうものを、”不朽”というのだと
けして色褪せないもの
先人たちに教えられることには
どうせ描くなら、色褪せないもの、
色褪せてはいけないものを歌うべき
ということもひとつにあるのです

気高さと
尊さを
忘れずに



mayumi
29 janvier





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